光林寺 (こうりんじ)

所在地
愛媛県今治市玉川町畑寺甲530
アクセス
予讃線大西駅から車で18分
宗旨・宗派
真言宗
  • 光林寺
  • 光林寺
  • 光林寺
  • 光林寺
所在地
愛媛県今治市玉川町畑寺甲530  
アクセス
予讃線大西駅から車で18分  
宗旨・宗派
真言宗  
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  • お寺の墓地

永代使用料
32.0 万円~ 永代使用料とは
総額
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眼下に広がる2,000坪のしだれ桜公園とバラ園を見ながら…

光林寺は大宝元年(701)文武天皇の勅命を受けた徳蔵上人によって、光林寺の南約7Kmの奈良原山山頂にあった蓮華寺と共に開かれた。徳蔵上人は第十五代応神天皇の御世に来朝された弓月君(ゆづきのきみ)の子孫と伝えられ、法相宗(ほうそうしゅう、奈良の興福寺と薬師寺を大本山とする)と、三論宗(さんろんしゅう、現在は東大寺に伝わる)を修めた大徳であったので、開山当初より約百年間程は法相宗と三論宗の二宗兼学の寺であった。光林寺の住持、圓職上人代の大同元年(806)唐より帰国途中の空海上人(弘法大師)が、奈良原山の蓮華寺に登られて密教の修法をされた。また、空海上人(弘法大師)は光林寺にしばらく止住されて密教を伝授されました。これより後、光林寺は法相・三論兼布の寺であったのを密教弘通の真言宗の寺となったと伝えられている。

天長3年(826)空海上人(弘法大師)の奏聞に因り、淳和天皇の勅願として堂塔の建立が開始され、佛閣が整備される事になりました。5年の歳月をかけ天長7庚戌年(830)3月、本堂・金堂・庫裏・客殿・多宝塔・鐘楼堂・仁王堂が完成し、四十九院の根本道場となった。天禄3年(972)回禄の変によって一時灰燼に帰したが、長久3年(1042)後孔雀天皇の勅願により伊予守源頼義公の奉行をえて堂塔の再建が図られた。四十九院は十二坊として再興され、新たに薬師堂も建立された。現存する仁王堂は源頼義公によってこのときに建てられたもの。これらの十二坊は、この後規模を大きくしながら南北朝時代まで法灯が続いたもようなものだ。永禄元戊年(1558)には、河野伊予守四郎通直公により旧慣を尋ねて堂塔の修復がなされました。元禄十四年(1701)には、光林寺開山一千年に当たり、今治城主松平駿河守定陳公によって新たに本堂が再建されました。これが現在の本堂である。

光林寺は、特に南北朝時代の大波、明治初めの神仏分離の大波などを受けながら、1300年の歴史を歩んでいる。

光林寺の周辺地図

光林寺概要

名称
光林寺
所在地
愛媛県今治市玉川町畑寺甲530
交通アクセス

電車でのアクセス 「今治駅」より車で約20分

お車でのアクセス 道後より車で約40分  (国道317号線経由 玉川中学校方面へ)

霊園区分
寺院
宗旨・宗派
真言宗
開園年
 
総区画数
 
設備
法要施設・多目的ホール、駐車場、永代供養施設・納骨施設

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光林寺の霊園・墓地に関するよくある質問

光林寺の住所はどこですか?

住所は、愛媛県今治市玉川町畑寺甲530です。地図はこちらをご確認ください。

光林寺の設備は何がありますか?

霊園設備としては、法要施設・多目的ホール,駐車場,永代供養施設・納骨施設があります。詳細はこちらをご確認ください。

光林寺は民営でしょうか?公営でしょうか?

光林寺は寺院です。詳細はこちらをご確認ください。

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